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伝灯記

たとえば、聞くという行為を正しくするには

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2018-07-30  約1096文字

聞くということは、あまりに日常的な行為であって多くの人々にとって、あらためて意識されることはない。
家族の話を聞く、友人の話を聞くという身近な聞くことから、会社の社長や尊敬する人の話を聞くといった少し緊張をともない、集中力を持って聞く積極的な聞く行為もある。

ときに、同じ話を聞いている聴衆の一人から、「この人はね、これこれ、しかじかで・・・」と耳打ちされることがある。それは“この会社は”“この宗教は”と形を変えて、よく使われる。

聞くという行為について、多くの人々が様々な発言をしているがクリシュナムルティは、次のように言っている。

「聞く技術というものがあります。本当の相手の言葉を聞くためには、あらゆる偏見や、
前もって公式化されたものや、日常の生活の問題などを捨ててしまうか、脇へ片づけておかなければなりません。心が何でも受け入れられる状態にあるときは、物事をたやすく理解できるものです。
あなたの本当の注意力が何かに向けられているとき、あなたは聞いています。
しかし、残念なことに、たいてい私たちは、宗教的なあるいは精神的な偏見や、心理学的あるいは科学的な先入観のほかに、日常的な心配事、欲望、恐怖というようなスクリーンに遮られています。

私たちはいろいろなものをスクリーンを通して聞いているのです。話されていることを聞いているのではなくて、実際は、自分自身の心の中でたてている騒音や雑音を聞いていることになります。今まで受けてきた教育、偏見、性癖、抵抗などを捨て、言葉上の表現を超え、その奥底にあるものを即時に理解するように聞くことは、とても困難なことです。」

私たちは自身の世界観である価値観、信念や信条、思想、自身の体験といったものを、つねに無意識に保持しながら話を聞いている。
自分の内なるフィルター(価値観、信念、思想、体験)を通して、相手の話の内容の批評、評価を繰り返し、受け入れるべき内容か、否定するべきものかなどの判断を知らず知らずのうちにおこなっている。

クリシュナムルティが言うように、下手をすると自身の心の中に起きている刺激や騒音を聞いているに過ぎないというようなことになりかねない。
また、聞くという行為が相手の口から発せられる言葉だけに耳を傾けるのではなく、その言葉の背後にある思考、感情、体験を全身を通して感じることも重要なことである。

あなたが相手と真に有意義な関係を構築し、相手自身や相手の言葉から気づきや学びを受け取るには、まず、自身を縛る様々な世界観の束縛から解放され、水の入っていないグラスのように空っぽであらなければならない。



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