© 2024 Akari-Kai.

ブログ

釈迦は何を覚り、何を語ったか2(輪廻)

2019-02-06

釈迦本人が何を覚り、どのように教えたかは謎が多い。釈迦の死後、仏教は様々な人物によって多くの教えが氾濫し、釈迦の教えとは何か疑問に思うことがよくある。

疑念の最たるものは、釈迦は何かに「祈ったか」という点だ。これはどう考えても否であろう。釈迦は瞑想によって菩提樹の下に、人間の苦悩の元を「覚った」のである。

釈迦の修行は瞑想である。祈ったのでもなければ、神や天の啓示を受けたというものはない。これが仏教の他の宗教と異なる点である。

宗祖釈迦は菩提樹の下、真理を証得して仏陀となった。
※この「仏・仏陀」は「目覚めた者」という意味である

エルサレムを聖地とするユダヤ教、キリスト教、イスラム教が崇める神は同一の神である。
これらにおいては預言者が重要な役割を果たす。
※ユダヤ教-モーゼ、キリスト教-イエス、イスラム教-ムハンマド

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は、いずれも神に罪の救いを求める「救いの宗教」である。それに対して釈迦が開いた仏教は「覚りの宗教」である。

この違いは根本的、本質的違いである。救いの宗教において絶対的存在は自らの外(あちら)にあり、覚りの宗教においては自らの内(こちら)にある。

「私はすべてを征服し、すべてを知った。私は欲望の破壊力から離れて、汚れなく、拘束されず、完全に自由になった」~釈迦~

さて、釈迦は何を覚ったかの今回のテーマは「輪廻」についてみてみたい。輪廻とは魂の連続、連鎖のことである。肉体は滅びても魂は永遠に生き続けるという思想である。

結論から言ってしまえば、釈迦は輪廻について語っていない。しかし、仏教の極楽浄土やあの世があるという考えは、この輪廻の思想が背景になるのではないだろうか。

私たちは、輪廻を命や魂が宿主を替えながら永遠に生き続けること、どちらかと言えば「永遠の生命」という良い意味に使いがちである。

ところが仏教の基盤となった古代インドでは、輪廻は「繰り返し迷妄の苦しみの世界」に生まれ変わるという否定的な意味をもっていた。

この苦しみの連鎖、輪廻から脱出することが「解脱」である。釈迦は、これを「迷妄からの
脱出」と考えていた。

当時のインド文明の中で生きる人々は、少しでも善き「道(境遇・世界)」に生まれ変わろうと一喜一憂していた。その執着、迷いを断つことこそが解脱なのである。

輪廻について釈迦は具体的に語っていないが、中阿含経にある毒矢の喩え(たとえ)の話がある。

修行中のマールンクヤブッタの心の中に、釈迦が次のような問題についてはっきり説いてくれないという不満が生じた。

それは、世界は永遠に続くのか、世界には果てがあるのかないのか、人は死後なお存在するのか、霊魂と身体は同じであるのか別であるのか、といった問題である。釈迦はこのように答えた。

「マールンクヤブッタよ、わたしは<来たれ、マールンクヤブッタよ、わたしのもとで清浄の行をするがよい。さすれば、汝のためにこれらの問いについてとくであろう>といったであろうか。そのようなことはない。そして、汝もそのようなものを求めて清浄の行をするとは言わなかったのである。

誰かある人が<これらの問いについて世尊が説いてくださらないうちは清浄の行をしない>と言ったとしよう。すると、それらのことが、わたしによって説かれなかったならば、その人はそのまま命終(みょうじょう)しなければならないだろう。

「それは、ちょうど人が毒を塗られた矢を射られたようなものである。その矢を射たものがどの身分に属するのか分からないうちはその矢を抜いてはいけないと言ったとしよう。あるいは、その弓の種類が分からないうちはその矢を抜いてはいけないと言ったとしよう。またあるいは、その弓の弦の種類が分からないうちはその矢を抜いてはいけないと言ったとしよう。またあるいは、その矢の羽根の種類が分からないうちはその矢を抜いてはいかないと言ったとしよう。その人はそのまま命終しなければならないだろう。」

マールンクヤブッタよ、世界が永遠に続くという見解がある時にも、また、それがない時にも、あるいは、世界に果てがあるという見解がある時にも、また、それがない時にも、やはり、生はあり、老はあり、死はあり、愁・悲・苦・憂・悩はある。そして、いまこの現生においてそれを克服することを教える。

輪廻について釈迦が何と説いたか見当たらないのもこれと同じ「戯論」だからであり「無記」なのである。輪廻がどうあろうと、やはり、生はあり、老はあり、死はあり、愁・悲・苦・憂・悩はある。そして、その克服を釈迦は教えたのである。

参考図書「つぎはぎ仏教入門」呉智英



  • このエントリーをはてなブックマークに追加

覚りの境地を目指して

行動を起こすことは、それ自体がすでに覚りの一つかもしれません。

体験会について

灯り会へ興味を持っていただいた方、またご入会いただく方は、まずは最初に体験会へお越しください。体験会のご案内、ご説明はこちらからご確認いただけます。

テキストDL

私、一成の14年におよぶ修行の体験談を綴ったテキストPDFを即時DLしていただけます。比較的深い内容となっております。人生をより良く生きたいという方のヒントになるかもしれません。無料ですので是非一度目を通してみてください。

ページアップ