2025-03-15 約643文字
前回は瞑想の発祥地から世界へどう拡がったかについて触れた。
古代バラモン教(元ヒンドゥー教)の修行は苛烈を極め飲まず食わずの命がけの苦行の修行を行っていたらしい。仏教の始祖であるお釈迦様もその修行を何年かに渡って行ったらしいが途中で、「これは間違っている」と気づき自身の瞑想修行に入っていった。その後菩提樹の下で悟りを得て仏教の修行形態として瞑想は重要な位置を占める。
お釈迦様は「苦行は不用である」と言っている。つまり、現在の瞑想の原型はお釈迦様が拓いたと言っていい。お釈迦様の瞑想は肉体に鞭を打つような激しさを必要としない。つまり、やさしい。まあ、当初は肉体との戦いがないと言えば嘘になるのだろうが、やがて自然に超越できるほどのものであると考えていいだろう。
やさしい瞑想は始めやすく続けやすいという面を持ち合わせ、その後は仏教の修行とは切り離され様々に加工され利用される流れを作った。マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーが開発されたとされるマントラ瞑想法にルーツを持つTM(超越)瞑想などがその代表である。さらにマインドフルネス瞑想のように欧米人によって開発されたものは多数ある。
一方でダルマによって中国に伝えられたとされる禅は中国で発展し仏教の中でも禅宗という宗派を形成し修行形態として確立されていった。そちら側には釈迦から受け継がれる宗教的な意味を持つ瞑想修行がある。見方によればTM瞑想もマインドフルネス瞑想も瞑想のほんの入口程度の領域にあるとも言える。